<あらすじ>
帝国の後宮に下女として売られた少女・猫猫はその知識と洞察力を見込まれ、薬師・毒見役として抜擢される。
後宮の特殊な人間関係の中で発生する事件を次々と解決しながら、猫猫は美形の宦官である壬氏と関係を深めていくことになる。
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なろうの中でも飛び抜けた人気を誇るミステリー小説。
コミカライズの出来は素晴らしく、特に『月刊ビッグガンガン』(スクウェア・エニックス)版の描写は見事という他ない。
外作品と差別化している要素は、以下の三つ。
①チートや魔法に頼らず、科学的見識に基づいている
②性の問題を誇張も矮小化もせず、ありのまま受け止めている
③自身の才覚でもって他人にマウントを取らない
基本的に素人の小説家は理系知識が乏しく、無理にミステリーを描こうとするとツッコミだらけの作品になりかねない。
そこで物理的におかしい点があっても問題ない、ゲーム風異世界ファンタジーに逃避する作家が多い。
その中で薬学や医学に基づいて話を展開できるのは、大きなアドバンテージに違いない。
どこぞのチートポーション作品と違って自らの肉体を実験台にして得た医学知識を用いて事件を解決するので、全く不自然さを感じない。
性に対する態度も中立的。
男性読者の情欲を煽るための露骨な性描写も、ジェンダーに配慮したタブーを避ける態度も、どちらも偏見と対立を生み出す。
本作は『後宮』『花街』という性交とは切っても切り離せない舞台でありながら、無暗に情欲を掻き立てることも嫌悪感を抱かせることもない。
「上手く当ててくれたおかげでここにいますので」
というシンプルな台詞から、彼女の達観した性認識が感じられて良い。
そして何より評価したいのは、マウンティングが皆無なことだ。
通常下女が政府機関で活躍すれば、「皇帝や貴族に見染められて逆玉!」みたいなシンデレラストーリーになることが多い。
私も1話を読んだ時点では「王族の命を救ったから、どんどん立身出世していくんだろな~」と想像していた。
だが、期待は良い意味で裏切られた。
この世界は王様が平民に簡単に頭を下げるようなご都合主義ナーロッパではなく、古代中国のような厳格な身分制。
君主は絶対的権力者で、女は子を産む道具。
下女や毒見役に至っては、いつ首を切られてもおかしくない消耗品にすぎない。
(物理的な意味で)
下手に自分の功績を誇れば、出た杭として処分されるのは想像に難くない。
何より他人の面子を潰し、プライドを傷つけることになる。
だから猫猫は決して目立とうとせず、さりげなく知恵を貸して当事者が最善な判断をするように立ち回る。
自身の劣等感を解消するために異世界人へマウントを取る典型的な「なろう作品」にはない、思慮の深さと他人への配慮が感じられた。
ベタ褒めになってしまったが、承認欲求がバケツから溢れたようななろう界隈において、このような名著が生まれたことは実に喜ばしい。
後宮や娼館といった設定からアニメ化しずらいと思われるが、ぜひ映像化して世間に広まることを願う。
なお、現在出版されている書籍は複数あるが、スクエニ版の漫画を強く推奨。