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<あらすじ>
まだ土葬の習慣が残っている田舎の集落。
頻発する不審死に対して、医者の尾崎敏夫は調査を進める。
疫病と思われたそれは吸血鬼の仕業で、吸血によって死亡した人々は棺から蘇ってかつての隣人を襲い始める。
ゾンビ・吸血鬼ものは数多くあるが、これほど強いカタルシスを感じる作品は他にない。
設定自体は「吸血された者が次の吸血鬼になってパンデミックを起こす」という使い古された形式だが、人間であった頃の心理描写が丁寧なだけに、その後の戦いにおいて感情を揺さぶられる。
多くの作品において、ゾンビ・吸血鬼は『人ではないもの』として描写される。
バイオハザードのゾンビには知性が全くなく、体もボロボロ。
彼岸島の吸血鬼は常にヒャッハーしているし、アマルガムや邪鬼に至っては完全な怪物。
コウモリに変身したり、魔法や超能力を扱うものも多い。
だが、本作の屍鬼はウィルスで変異した人間であり、過去の知恵も人格も全く失われていない。
肉体が頑強で日光に弱いという吸血鬼らしき特徴はあるが、首を斬ったり心臓を打てば普通に死んでしまう。
当然オカルトじみた能力も使えない。
法的に死亡して屍鬼になってしたとしても、やはり性根は普通に暮らして恋をしていた人間なのだ。
ただし、人としても心が残っていたとしても、生き返ってハッピーエンドとは行かない。
死者は死者であり、しかも人間の血液を吸わないと体を維持できないのだから。
屍鬼は夜な夜な人を襲い、それに気づいた村人達は屍鬼を撃退する。
両者の対立は決定的になり、村全体を巻き込む殺し合いに発展する。
これが見知らぬ者同士の戦いなら、ただの戦争映画で終わる。
だが、殺し合うのは毎日のように顔を突き合わせた農村の同胞。
かつて少年に恋をした少女は少年を襲い、少女の葬式で涙した男は少女を車で轢いて心臓に釘を打ち付ける。
大切な仲間であったはずの者達が種族の違いから命を奪い合い、時には裏切って信念に準じる姿は悲しくも美しい。
面識のない敵を打ち倒したり、巨大な怪物と戦うだけの物語じゃ面白くない。
リアルな人間関係が根底にあるから、それが壊れた時のカタルシスは大きくなるのだ。
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